大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(行)129号 判決

東京都品川区大井出石町五一〇四番地

原告

矢田樟次

右訴訟代理人弁護士

中条政好

小川栄吉

上野忠義

東京都品川区北品川三丁目二六二番地

被告

品川税務署長

小林五郎

右指定代理人大蔵事務官

広瀬時江

中原敏夫

東京都豊島区池袋二丁目一一四四番地

被告

豊島税務署長

松田敦

右指定代理人大蔵事務官

福地健之介

渡辺一男

右当事者間の昭和三六年(行)第一二九号所得税更正決定並びに滞納処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

被告品川税務署長に対する訴を却下する。

被告豊島税務署長に対する請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告品川税務署長との間に、被告品川税務署長が昭和三五年九月三〇日付でした原告の昭和三三年度分所得税に関する別紙第一目録記載のとおりの更正決定を取り消す、訴訟費用中被告品川税務署長と原告との間に生じた分は、被告品川税務署長の負担とする、との判決、被告豊島税務署長との間に、被告豊島税務署長が昭和三六年一〇月二五日原告名義の別紙第二目録記載の株券を差し押えた処分を取り消す、被告豊島税務署長は、その差し押えた別紙第二目録記載の株券を原告に還付せよ、訴訟費用中被告島豊税務署長と原告との間に生じた分は、被告豊島税務署長の負担とする、との判決を、それぞれ求め、その請求原因として、

第一

(一)  原告は、昭和三三年度分所得税につき、被告品川税務署長より昭和三五年九月三〇日付で別紙第一目録記載のとおりの更正決定を受け、同年一〇月一日その旨の通知を受領したので、同年一〇月二九日同被告に対し再調査請求の申立をした。

(二)  ところが、同被告は原告の右再調査請求に対し決定をせず、同年一一月二二日これを東京国税局長に送付し、同局長はこれを審査請求書として受理し、同年一一月二五日付郵便はがきにより、その旨原告に通知したが、同局長による審査決定は、いまだにされていない。

(三)  しかるに、後に述べるように、原告に対する滞納処分として原告名義の株券が所轄税務署長から差し押えられ、間もなく公売される形勢にあるので、審査決定をまつて出訴したのでは、甚しい損害を被るおそれがある。そこで、右決定を経ないで、被告品川税務署長の更正決定の取消を求める次第である。

第二

(一)  被告豊島税務署長は、別紙第一目録記載の昭和三三年度分所得税徴収のためと称して、昭和三六年一〇月二五日原告名義の別紙第二目録記載の株券六〇〇株を差し押え、同株券は同庁において現に保管中である。

(二)  ところが、原告には昭和三三年度には更正決定に示されたような所得はなく、従つて、被告豊島税務署長のした本件株券差押処分は違法であり、実質的には当然無効である。

そこで原告は、昭和三六年一〇月二九日差押処分の取消しを得るため、書面により再調査の申立をしたが棄却され、同年一二月二日その通知を受領した。

(三)  しかし、これに対しさらに審査請求を経て本件差押処分の取消しを求めていたのでは、被告品川税務署長に対してした再調査請求が現在決定されず、しかも本件差押処分が行われた事実に徴しても早急の解決は期待できない。しかも、原告にとつて差し押えられた六〇〇株の株券は、額面価値以外に失うことのできない必要と特別な価値があり、従来、滞納処分による差押物件の公売は、一〇日間くらい後に行われる例が多いから、本件差押処分について、審査決定を経ていたのでは著しい損害を被るおそれがある。そこで、審査決定を経ないで、ただちに、被告豊島税務署長の差押処分の取消と差押の目的となつた株券の返還を求める次第である。

と述べ、

証拠として、甲号一ないし第六号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告等指定代理人は、別紙添付答弁書記載のとおりの判決を求め、その主張をし、証拠として乙第一ないし第三号証を提出し、甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、被告品川税務署長に対する訴について。

被告品川税務署長が、原告の昭和三三年度分の所得税について更正決定をし、これに対し原告が所定期間内に再調査請求をしたところ、東京国税局長がこれを審査請求として受理する旨を原告に通知したことは、当事者間に争いがない。

被告品川税務署長は、本案前の抗弁として、東京国税局長は、昭和三六年二月二〇日付で右審査請求に対し決定し、同月二二日その通知書を原告に送達しているから、本訴は、出訴期間を徒過した不適法な訴であると主張し、原告は、右決定はまだされていないと述べるので、この点について判断する。

成立に争いのない乙第一、二、三号証、甲第六号証および原告本人尋問の結果を合せ考えれば、被告主張のとおり、昭和三六年二月二〇日付で審査決定がされていること、右決定の通知書が昭和三六年二月二二日書留郵便で当時の原告住居に配達され、原告の使用人が配達証に原告の認印を押してこれを受領したこと、右認印は、原告が平素、営業用領収書の作成、書留郵便の受領等のために使用人に使用させていたものであることが認められ、右認定のさしさわりとなる証拠はない。ところで、国税の賦課、徴収や再調査、審査に関する書類の送達については、国税徴収法第五条は、税務署所属職員による交付送達とならんで、郵便による送達(民訴上の郵便に付す送達に当るものと解される。)を認めているが、同法は、郵便による送達に関して、郵便物が直接受送達者に入手されたときにはじめて送達の効力を生ずるか、それとも、郵便物がただちに受送達者に入手され得ることが期待できる状態に置かれたとき送達の効力を生ずるかの点について、直接規定していない。しかしながら、同法は、書面による意思表示が、何時その名あて人に到達したこととなるかの点について、民法上の見地と異なる原則をとつているとは解されないのみならず、税務署所属職員による交付送達についてはいわゆる補充送達や差置送達(第五条第三項)を認めていながら、郵便による送達の場合に限つて、直接受送達者に交付された場合にのみ送達の効力が生ずるものとしているとは解されない。従つて、郵便による送達は、書類が送達場所において、受送達者に出会えず、直接これに交付できなかつた場合でも、ただちに受送達者に入手され得ることが期待し得る状態に置かれた時、換言すれば郵便物が通常の方法で配達された時に送達は完成し、その効力を生ずるものと解すべきである。これをすでに認定した本件の事実関係にあてはめれば、本件審査決定の通知書が、書留郵便で原告住居に配達され、原告の使用人が原告の認印を配達証に押してこれを受領したとき、すなわち昭和三六年二月二二日に送達は完成し、その効力を生じているのであつて、仮りに、原告がその後右通知書を使用人から受領しなかつたとしても、これによつて送達の効力をさまたげられることはないものといわねばならない。

ところが、被告品川税務署長のした更正決定の取消しを求める本訴が、審査決定通知書が原告に送達された昭和三六年二月二二日から三箇月を経過した後の昭和三六年一二月四日に提起されていることは、記録上明らかであるのみならず、前認定の事実関係によれば、不変期間である出訴期間の徒過につき民訴法第一五九条にいう「訴訟行為ノ追完ヲ為スコトヲ得」る事由があるものとも解されないから、本訴は、出訴期間経過後に提起された不適法な訴といわねばならない。

二、被告豊島税務署長に対する請求について。

被告豊島税務署長が原告名義の株券を差し押え、これに対し原告は再調査の決定は経ているが、審査請求をしていないことは当事者間に争いがない。

被告豊島税務署長は、本案前の抗弁として、本訴は審査決定を経ていないから不適法である旨主張し、原告は、審査決定を経ることにより著しい損害を被るおそれがあるから、本訴は適法であると主張するが、この点の判断に立ち入ることはしばらく置き、原告の主張する本訴請求原因を見るに、その要旨は、本件差押処分は被告品川税務署長がその更正決定により認定した、原告に対する追徴税額等の徴収のためにされたものであるが、原告には右更正決定に認定されたような所得はないから、本件差押処分は違法であるというのである。しかし、租税賦課処分と滞納処分とは別個独立の行政処分であるから、賦課処分の瑕疵は、原則として、滞納処分の違法を惹起するものではなく、とりわけ、本件においては、前示のとおり、賦課処分(更正決定)は、これに対する出訴期間の徒過により一応形式的に確定しているのであるから賦課処分の瑕疵が重大でかつその存在が処分の外形上一見して明らかな場合を除いては、賦課処分の瑕疵によつて滞納処分が違法となることはないと解すべきである。ところが原告が本件差押処分の違法事由とするところは、単に更正決定による所得額の認定が誤つているというのであり、それだけでは、ただちに、更正決定に重大かつ外形上明白な瑕疵があるものということはできないから、原告の本訴請求原因とするところは、主張自体理由がなく、本件差押処分の取消とこれを前提にして差押株券の還付を求める本訴請求は、いずれも失当である。

三、よつて、原告の被告品川税務署長に対する訴を却下することとし、被告豊島税務署長に対する請求をいずれも棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 下門祥人 裁判官 町田顕)

第一目録

一、更正決定金額

所得税 昭和三三年度分

一、所得金額 金四、四一八、一二九円

二、税額   金一、五〇八、〇一〇円

三、加算税額 金七五、四〇〇円

税額合計   金一、五八三、四一〇円

第二目録

一、差押えたる株券

株式会社教育同人社株券

百株券(一株の額面金額 金五〇〇円払込済)

い 第〇一四 い 第〇四一 い 第〇八一

い 第〇八二 い 第一一九 い 第一二〇

計六枚六〇〇株

○昭和三六年(行)第一二九号

原告 矢田樟次

被告 品川税務署長

ほか一名

昭和三十七年二月一日

被告品川税務署長指定代理人

大蔵事務官 広瀬時江

同 中原敏夫

被告豊島税務署長指定代理人

大蔵事務官 福地健之介

同 渡辺一男

東京地方裁判所民事第三部 御中

答弁書

一、本案前の答弁

答弁の趣旨

本訴を却下する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

理由

本訴のうち、更正処分の取消を求める部分は、出訴期限を経過して提起された違法な訴である。

すなわち、原告は、昭和三十三年分所得税の更正処分についての東京国税務局長の審査決定がなされていないと主張されるが、当該審査決定は、既に昭和三十六年二月二十日付直所審第二三号、東協特第七五号審査決定通知書(乙第一号証)を以て同月二十日原告に送達されている。(乙第二号証)。

したがつて、右審査決定通知の日から三カ月経過後の昭和三十年十二月四日に提起された本訴は、所得税法第五一条に違背するもので、不適法として却下さるべきである。

また、本訴のうち、滞納処分の取消を求める部分は、訴願前置に違背する不適法な訴である。

すなわち、被告豊島税務署長の滞納処分は、昭和三十六年十月二十五日に行われ、これに対して原告は、同年十一月一日付書面により再調査請求をしたが、右請求は、同月二十四日付通知書を以て棄却された。原告は、これに対して審査請求をなさず、ただちに本訴を提起したが、これは国税徴収法第一六九条に違背するものであり、不適法として却下さるべきである。

二、本案の答弁

答弁の趣旨

原告の請求は、いずれもこれを棄却する

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める

請求原因の認否

第一の(一) 認める。ただし、後記第一目録中、所得金額とあるのは昭和三十三年分の総所得金額のうち一時所得のみの金額、税額とあるのは更正による追徴税額である。

(二) 審査決定がなされていないという点は否認するが、その余の事実は認める。

(三) 争う。

第二の(一) 認める。

(二) 原告には更正にかかる所得がないから滞納処分が違法無効であるとの主張は争うが、その余の事実は認める。ただし、原告の滞納処分に対する再調査請求は、昭和三十六年十一月一日付の書面でなされ、被告豊島税務署長は同月四日これを受理、同月二十四日付書面を以てこれを棄却したものである。

(三) 争う。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例